真剣に生きる。

失敗をしたかった。
失敗をしないかと?惨敗を感じれないかといきてきた。
なんとも自虐的な発想だろうかっ!
物事の側面だけを見ると、変なものだ。。。
失敗は若いうちが良いという。
もちろん、失敗などはしたくはないのだが、若いほうが挽回がきく。
確かに、年齢と共にリスクへの恐怖に、未来への恐怖に縛られてゆく。
リスクを犯そうとしながら、そして、同時に真剣に生きる。
失敗を望みつつ、真剣に生きる。
なんと相反することであろうか。
いつもそこに真実はある気がする。
真剣に生きる。
真剣とは、斬れる刀だ。
竹刀や剣道のケンではない。
斬られれば死んでしまう。
その覚悟が大切だ。
いやいや、時代が違いますって・・・
そんなことはない。
世界は不変的な要素の中で刻をきざんでいるのだ。
身体も心も絶えず変わっていっているが、
絶えず変わっているという事実はずっと同じだ。
何百年、何千年、何も変わっていない。
真剣に生きることが大切なのだ。
そして惨敗を、真剣にいきても起こってしまう惨敗を意識しながら、
そんな時に無惨にも逃げて生き残ることをかんがえながら、
そんな矛盾を含みつつ、生きて行く。
だから、失敗を恐るのはよい。
しかし、真剣に生きるとは、
恐怖という感情を傍観しながら勇気で持って突き進むことだ。
なんて大変なことだろう。
多くの知識が危険を回避してくれて、
多くの知識が不安をかき立ててくれて、
たった1つの知性が自分を穏かにしてくれる。
これは大げさなことを言っているわけではない。
みんな気づいていないだけだ。
生きるということは、毎日、真剣を向けられているようなものだ。
上手くかわす感覚を身につけたいものだ。。。

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